与一’s diary

自由に書いていきます^^

メジャーリーグ全球団が背番号「42」を背負ってプレーする日があるのは知っているだろうか?

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4月15日

 

通称 ジャッキー・ロビンソンデー

 

この日はメジャーリーグ全球団の全選手、監督、コーチ、審判が「42」番を背負ってプレーする。

 

4月15日だけ名誉の「42」を付ける事が認められているからだ。

 

 

本日の与一シネマ

「42」世界を変えた男

映画『42~世界を変えた男~』予告編 - YouTube

 

 

彼の行動に多くのアメリカ人が影響を受けた。

 

感動!!勇気!!を貰える作品です。

 

 

 

誇りある生き方を選択した勇気ある偉大な男

 

 

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ジャッキーロビンソン

 

彼がメジャーデビューしたのは1947年。

当時がどんな時代だったのかを想像してほしい。

 

マーティン・ルーサーキング牧師公民権運動の歴史的運動をして、

人種差別が少し社会問題として認知されはじめたのが1963年。

 

その10年以上も前、あらゆる公共施設は白人と有色人種で分けられていた。

 

ホテルは宿泊拒否。

 

飛行機は搭乗拒否。

 

人として扱われない程の強烈な、差別の時代である。

 

野球の世界も当時は

 

ニグロリーグ(黒人)

メジャーリーグ(白人)

 

と分けられていた。

 

この様な時代、白人だけの差別集団のチームに黒人1人が入団したらどうなることか想像できるであろう。

 

ブルックリン・ドジャースの会長ブランチ・リッキーは、

黒人のメジャーリーグデビューの先陣をきることができる選手を探し求めていた。

 

もし入団させたとして、差別的な徹底攻撃に怒り、手を出してしまったら、「それ見たことか、やっぱり黒人は紳士のスポーツはできない」ということになってしまう。

 

リッキーは、彼がそんな状況にも耐えることの出来る男だと踏み。

 

ジャッキー

「俺にやり返す勇気のない男になれと?」

 

リッキー

「立派な紳士となり、差別に対して仕返しをしない勇気を持つんだ」

 

リッキーは彼を入団させた。

 

観客や相手チームの選手から罵声をあびせられ、

 

黒人が「でしゃばる」ことを良く思わない投手から、

避けないと直撃してしまうボールを頭めがけて何度も何度も何度も投げられる。

 

チームメイトからも差別をうけ、シャワーを一緒に使うのを嫌がられた。

 

彼はリッキーとの約束を守り、

どんなにひどい仕打ちうけても常に紳士的な態度をとり、

プレイで周囲を黙らせていく姿勢を貫いた。

 

彼のそんな姿勢に徐々にチームメイトを始め、観客や、記者たちが影響されはじめ、

黒人が活躍する事が社会に認められ始めたのだ!

 

チームの優勝に大きく貢献した選手として1947年に

史上初の最優秀新人選手賞の座に輝く。

 

1987年に、初の受賞者であるジャッキー・ロビンソンを称え、

ジャッキー・ロビンソン賞」という別名がつけられた。

 

 

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