与一’s diary

自由に書いていきます^^

トルコ人は日本が大好き!

f:id:navyyui:20170603205139j:plain

 

トルコ人は日本が大好きである。

 

日本人はどうだろうか?

 

この記事を読んだあなたはトルコ人を大好きになるであろう。

 

 

今から120年以上前の話

 

 

1890年、エルトゥールル号に乗ってトルコの使者が来日。

新たな通商ルートの開拓の為、明治天皇に拝謁(はいえつ)することが目的だ。

 

その帰路、台風に巻き込まれ遭難。

和歌山県串本町沖で座礁、蒸気船が水蒸気爆発を起こし581名が死亡。

串本町大島の住人が台風の海に飛び込み、必死の救助にあたり69名を救出。

 

そのうちの58名が負傷、うち38名は重傷という大惨事。

 

 

当時の状況を想像してほしい。

 

 

貧しい村人たち。

 

言葉も通じない。

 

薬もない。

 

着せてあげる服もない。

 

1日でも漁に出ないと食料が尽きてしまうのだが台風で漁に出れない。

 

そんな状態にもかかわらず非常食を分け与え、村人総出で献身的な救護を行った。

 

日本人の”真心”に触れ、無事に69名は帰国することができた。

 

 

真心を持った心優しい青年

 

 

この事件を新聞で知ったある日本人がいた。

 

山田寅次郎」24歳

 

のちにトルコの小学生の教科書に載ることとなった日本人である。

 

「私に何かできることはないだろうか?」

 

彼は新聞でこの事件を知り、大きく心を動かされた。

新聞社などの協力を得ながら義援金を集める為に全国を歩きまわった。

 

集まった義援金の額は現在の価値でいうと

総額2700万円

 

一人海を渡りトルコの皇帝に遺族の為に集めた義援金を渡した。

深く感謝された山田はトルコの皇帝に引き止められ、トルコの士官学校で日本語と日本についてを教えることになった。

 

山田の情熱によって両国に絆が生まれ、

トルコ人親日となる理由のひとつになったのだ。

 

 

 

約100年後・・・

 

 

 

時は流れ1985年。

 

イラン・イラク戦争が勃発。

イラク軍は、イランのテヘラン空爆を開始。

 

当時テヘランには日本企業の社員やその家族等、約300名がいた。

 

 

イラクの当時大統領であったサダム・フセインが衝撃的な発言。

 

「48時間後イラン上空を通過するすべての飛行機を

(民間人も)攻撃対象とする」

 

イランにいる外国人は一斉に出国。

日本人も脱出しようとしたが、乗せてくれる飛行機がない。

 

各国の航空会社は自国民を優先して搭乗させていたため、日本人は飛行機に搭乗させてもらえなかったのだ。

 

日本政府は日本航空JAL)にチャーター便の派遣を依頼したが、

パイロットと客室乗務員を危険な場所へ派遣することはできないと、要請を拒否。

 

自衛隊機の派遣を国会で承認するには48時間では無理であった。

 

日本からの助けが来ない一報に、イランにいる日本人は絶望の淵に沈んだ。

 

 

「今こそ100年前のエルトゥールル号の恩を返そう」

トルコ大統領が日本人を救出することを決断。

 

トルコ航空は自国民救援のための最終便を2機に増やし、日本人は期限ぎりぎりで危機を脱することができたのである。

 

トルコの方々は100年近く経ってもエルトゥールル号の事を胸に留め続け、戦火の中を命懸けで行動を起こしてくれた。

 

 

トルコの小学校では、トルコ人にとって大切な存在となった日本人『山田寅次郎』について勉強するのだ。

 

子どもたちは

「彼のおかげでトルコと日本は友達になれた」

トルコ人を助けてくれた日本人が大好き」

 

 

絆はより深まる

 

1999年トルコ北西部をM7.1の大地震が襲い、総人口の2割が被災。

 

日本からもすぐに応援が駆けつけて救出活動に参加。

阪神大震災を経験して間もない頃である。

日本はその時に使った1900戸もの仮設住宅やテントなどを届け、多くの人を助ける事ができたのだ。

 

日本人へ感謝を込め、イスタンブール近郊の町「ヤロワ」には日ノ丸を掲げている消防署があるそうだ。

官公署で外国の国旗を掲げるのは珍しい事である。

 

地震発生直後に素早い支援活動をしてくれた日本人に大変な感謝をしているとの事だ。

  

2011年3月11日に東日本大震災が発生した時、どこの国よりも早く被災地に駆けつけてくれたのはトルコ人である。

 

 

2015年、日本とトルコの友好125周年を記念して映画が作成された。

 

私は正直者なのでハッキリ言おう!演出は微妙である。

まあ、こんなことがあったんだなという勉強にはなるので、一見の価値はあるのではないか。

 

これからもトルコと日本の友情は続いてゆく。

 

「海難1890」

youtu.be